中南米のピラミッド

『ピラミッド5000年の嘘』ではエジプトにあるピラミッドが題材になっていますが、エジプトのほかにも中南米にもピラミッドはあります。エジプトのピラミッドが頂点に達したのは、やはりクフ王のピラミッド、つまりギザの大ピラミッドでしょう。大ピラミッドがピラミッド建造の頂点とすると、それから後のピラミッドは造営規模が縮小していきました。またピラミッドをつくる素材も縮小していて、石材の変わりにレンガを代用したり、また石積みの正確さもかなり劣ってきたりと衰退していくようになりました。

ちなみにクフ王の大ピラミッドを現代の技術ではどのように建設するか?!という研究企画を1978年に日本の大手ゼネコンの大林組が実行しました。1978年:昭和53年の金額になりますが、総工費は1250億円、工期は5年そして最盛期の従業者人数は3500人という数字になりました。そして1立方m当たりの価格は、コンクリートダムが2万4000円前後とするとそれに対してピラミッドは、4万8000円になるという結果になりました。それほど、クフ王の大ピラミッドはかなりのビックプロジェクトだったことになります。このクフ王のピラミッドをピークに衰退していくのも、なんとなく判るような気もします。そして世界七大不思議のもので、唯一現存しているのがクフ王の大ピラミッドということも加えて考えると、ギザのピラミッドはまちがいなく歴史的なビックプロジェクトだったのでしょう。

エジプトにどれぐらいピラミッドがあるかというと、最近では2008年11月にサッカラでシェシェティ女王のピラミッドが発見されましたが、このピラミッドはエジプト国内で118基目となるピラミッドになりました。

中南米のピラミッド

メソアメリカ文明のピラミッド様建築は、基本的に造られたのが神殿とし建設されて使用されていました。そのほかに陵墓や天文台として造られた物もありますが、神殿としての意味合いが強くなっています。

建築様式は古典期以降は、テオティワカン独特の水平垂直壁のタブレロ、そしてタブレロをのせた斜面壁のタルーが組み合わされたタルー・タブレロ様式の基壇を採用した神殿ピラミッドが中南米の各地に築かれました。

中南米ピラミッドの構造

中南米ピラミッドの特徴は、上部に神殿となるため、エジプトのピラミッドのように上が四角錐ではなく上面が平らになっていて、神殿の土台としての性格が強くなっています。単数または複数の辺から、神殿に到る階段が存在しているの基本の形です。

マヤ文明のもので例に挙げると、パレンケの「碑銘の神殿」、チチェン=イッツアの「カスティーヨ」がありますが、ティカル1号神殿などは9段の基壇を持っていて、その9は9層の冥界を表すと言われていますが、全ての神殿の基壇数が冥界を表す意味を持っているわけではありません。新しいピラミッド神殿は、古いそれの上に礫・土を積み上げることで、石材で表面を覆い隠す形で建造されるのが普通になっていて、発掘すると多層構造が明らかになる場合があります。そしてエジプトのピラミッドとは違う点として、内部の空洞はあまりないということもいえます。

マヤ文明の建造物15号と呼ばれているピラミッドでは、第1層の床を切って開けたところ、女王の墓が見つかったことが、2011年9月に発表されました。マヤ文明で女王が支配していたという事例そのものが大変珍しいものですが、その遺体がどのようになっていたかというと、頭部には容器が被せられていて、これは同じ地域のグアテマラにあるティカル遺跡でも同じ様な事例が見つかっています。上の層は1300年前に作られた墓になっていて、、2層目は約2000年ほど前に作られたことがわかりました。

アンデス文明のピラミッドで、ひろく知られているのは、モチェ文化のモチェ谷にある「太陽のワカ」そして「月のワカ」と呼ばれている日干煉瓦で築かれた建物です。「太陽のワカ」は、17世紀に盗掘者たちが川の流路を変更したために、半数以上が失われてしまっていますが、かつての大きさは、長さが342m、幅159m、高さ40mあったと推定されています。

その一方で「月のワカ」は、長さ95m、幅85m、高さ20m程の規模になっています。そして最近の発掘調査によると、「月のワカ」の壁画には、盾や棍棒の擬人化した図像に加えて、動物のジャガーらしいものも見られます。このような要素は「太陽のワカ」には見られないため、「月のワカ」は、宗教的・儀礼的な空間として機能していたと考えられています。

テオティワカン

メキシコシティの北東約50キロの地点にあり、紀元前2世紀~6世紀まで存在したテオティワカン文明の中心となった巨大な宗教都市遺跡がテオティワカンです。ここは、テオティワカン人の宇宙観と宗教感がとても計画的に設計された都市になっています

太陽のピラミッド、月のピラミッド、そして死者の大通りといわれる南北5キロにわたる道が基点となっていて、各施設が配置されています。テオティワカンで祀られた神々は、農業・文化と関係深いケツァルコアトルや水神トラロック、チャルチウトリケ、植物の再生と関係あるシペ・トテックなどです。

今までは、古代都市ならではの城壁がテオティワカンには存在していないことから、平和で戦争もない都市だと考えられていましたが、発掘調査が進むにつれて殉教者が多数出ていることに加えて生贄を捧げる風習があったっことも判明しました。

そしてテオティワカンという意味ですが、後にこの地へやってきたアステカ人が命名したものでその意味は「神々の都市」という意味になります。

中南米を代表するピラミッドなので、エジプトのピラミッドだけではなくぜひピラミッド好きには訪れてテオティワカンのもつパワーを感じ取ってみてはいかがでしょうか?!「神々の都市」といわれるぐらいなので、当時紀元前の農民達の巡礼後そして信仰の中心地でもあった都市です。