マウソロスの霊廟…その後

紀元前334年にアレクサンダー大王によってハルカルナッソスの町が陥落したときも、そして紀元前60年前後に海賊の襲撃を受けたときも、ハルカルナッソルにあるマウソロスの霊廟は何世紀にも渡ってハルカルナッソルの地に被害を受けずに残り建っていました。約1600年もの間、かつて栄えたハルカルナッソスが廃墟となってしまっても廃墟となった町を見下ろすようにマウソロスの零秒は建っていましたが、度重なる地震のために柱は崩れしまい、屋根に乗っていた馬車の像は残念なことに地面に落ちてしまいました。1404年にマウソロスの霊廟が確認することができたのは、ただ土台だけでした。

盗掘まがいの騎士団

15世紀のはじめに、中世ヨーロッパ三大騎士修道会のひとつ「聖ヨハネ騎士団」がこの地を侵略して、巨大な城を建てました。1494年に建てた巨大な城を要塞化することが決まると、聖ヨハネ騎士団はマウソロス霊廟の残骸を資材として使いました。そしてさら1522年に、オスマン軍が攻めてくるという噂が流れると、彼らはボドルム(旧:ハリカルナッソス)の要塞をさらに強化して、残っていた残骸までもすべてを城壁に使われてしまいました。そのため今日でも、聖ヨハネ騎士団が築いた要塞跡の壁には、かつてマウソロの霊廟に使われていた大理石を見ることができます。

15世紀

記録によれば、このころ聖ヨハネ騎士団の一団がマウソロス霊廟跡の土台に立ち入って、マウソロス棺とアルテミシアの棺の間を発見しています。発見した日は、すでに帰営の時間になっていたので聖ヨハネ騎士団の一団は棺を開けずに立ち去ったとされていますが、翌日に再び彼らが棺を開けると、そこにはあるべき宝そしてマウソロスとアルテミシアの遺体は無くなっていました。騎士たちは、周辺の住民や海賊が略奪したと主張しましたが、実際に宝物やマウソロスやアルテミシアの遺体を略奪したのは騎士たち自身であったとも言われています。

マウソロス霊廟にまだ残っていた彫刻が、要塞として強固なものにするために砕かれて城壁の資材とされる前に、騎士たちはいくつかの優れた作品は移動させてボドルム城に集めておきました。そしてそれらの優れた作品は、十字軍が引き上げた後も300年にわたってそこに保存されることになりました。そしてこれらの内のいくつかは大英博物館に収蔵されていて、後のマウソロス霊廟跡の発掘に資料として影響を与えることになりました。

近代から現代

大英博物館では1856年に、マウソロス霊廟の遺跡を調査するために、考古学者チャールズ・トーマス・ニュートンを送りました。ニュートンは、プリニウスといった古代ギリシアの学者が書いた書物を読んでいて、マウソロス霊廟のだいたいの位置とその位置などは、事前に把握していました。

ところが困ったことに、ニュートンが「ここではないか?!」と発掘するに当たって目星をつけていた場所は住宅地になっていました。ニュートンは渋る所有者から土地を買い上げなければなりませんでしたが、ニュートンは渋る所有者に対して根気強く2ヶ月以上もねばって交渉して、遂に買い上げに成功しました。

そして目星を突けば土地を掘り進めていくうちに、壁そして階段、おまけに基礎までも出土しました。さらには、ペルシア王クセルクセスの名が刻まれた豪華な壺も見つかったことで、ここではないか?!と目星をつけていたニュートンの確信はまさに裏付けられることになります。そしてその後に、階段を埋めている瓦礫を切り込んでいくうちに、霊廟入口の廊下が見つかって、ついにマウソロスとアルテミシアの棺の間も掘り当てルことに精巧します。もちろんマウソロスの棺とアルテミシアの棺は、すでに略奪されたあと なので何も残っていませんでした。

さらにニュートンがマウソロスの発掘に当たってからさらに時を経て、100年後の1960年に行われた考古学者の調査では、「聖ヨハネ騎士団」が立ち入るよりもさらに前に、盗賊が棺の間の下にトンネルを掘って略奪していたらしいことが明らかになりました。さらに加えて、マウソロスとアルテミシアの遺体は火葬されていたため、棺の間には遺灰を入れた骨壷しかなかったとされています。

現在もマウソロス霊廟の遺跡は、トルコのボドルム市内に残されていて、マウソロス遺跡の横には博物館が建てられています。この博物館では、近年の調査に基いた見解とかつて霊廟にあった礎石や彫刻などの遺物を見ることができます。そしてイスタンブールでは、トルコの歴史的建造物の一つとして、霊廟のミニチュアが置かれています。

現在、イギリス大英博物館には、ニュートンたちが見つけた遺物に加えて、十字軍が入手した後にイギリス大使の手に渡ったマウソロス霊廟の彫刻が収蔵されています。その彫刻の中で有名なものを挙げると、屋根の上にのっていた馬車の車輪と一匹の馬の像、そして77の断片から復元されたマウソロス像、8頭の獅子像の断片などがあります。