ハリカルナッソスとマウソロス

古代ギリシアとしたのハリカルナッソスですが、古代ギリシアの歴史家で「歴史の父」ともよばれるヘロドトスが誕生した地がハルカルナッソルです。現トルコのボドルムにありますが「マウソロスの霊廟」と呼ばれる、マウソロスとアルテミシアはどのような人物だったのでしょうか。

カリア国を統治したマウソロス

マウソロスは、紀元前377年~紀元前353年にかけて小アジア西部にある「カリア国」を統治したアケメネス朝ペルシアのサトラップつまり州知事です。紀元前377年に、マウソロスは父の後を受けるかたちの世襲で、カリア国の統治者となりました。

その当時のカリア国は、小アジアの西部地中海沿岸にあったアケメネス朝ペルシアの1州でしたが、アルケメス朝の首都からカリア国はとても離れていたこと、そして当時のサトラップ(州知事)だったマウソロスの父は、かなりの野心家ということもあって、事実的にも近隣の都市や地域を支配下に治めていました。そのためアケメネス朝ペルシアの1つの州ではありましたが、カリア国は事実上の独立国でもありました。

野心家の父を持ったその息子のマウソロス、父から受け継いだ領土をさらに拡大して、最終的には小アジアの南西部全域を手中に収めようとしました。そしてマウソロスとその妹で妻のアルテミシアは、首都ハリカルナッソスと、その周辺地域を24年に渡って支配することになります。

そこで、なぜ妹で妻?!と思いますが、カリア国では家族内で婚姻関係を結ぶことで、力と富を維持するために統治者がその姉妹と結婚するのが慣習になっていたので、マウソロスの妻は妹でもありました。妹だったからこそ、妻になったといったほうが良いかもしれません。

ハリカルナッソスを首都として造る

マウソロスはギリシア語を話して、ギリシアの生活や政治に憧れを抱いていました。そしてギリシアに憧れの気持ちがあればこそ、ギリシアの諸都市が海岸沿いに造られていて、民主主義の伝統を推奨する優れたものであることに気づきました。このことに気がついたマウソロスは、ギリシアの都市に劣らないような壮大そして難攻不落の首都を建設しようと決心します。そしてマウソロスがカリア国の首都として選んだのがハリカルナッソスです。

マウソロスは、ハリカルナッソスを首都にするため、そして武人の統治者にふさわしい都にようと都市整備を始めます。敵の攻撃に備えるために、町に面している湾を深くして、湾を深くするために掘り出した土で海峡の防御を固めました。そして、城壁や見張り台も設置しました。市場に隣接して大きな港を造って、その奥には隠れた小さな港も造りました。そしてこの小さな港は、敵の不意を着く攻撃に適していたものでした。

その一方で、内陸部では一般市民のためにと、広場・道路・家の整備が進められることになり、4つの門と2つの大通りが造られました。そして、ギリシア風の劇場や戦争の神アレスを祀った神殿なども建設しました。湾の一画には、マウソロスの巨大な要塞型の宮殿が建てられた。要塞型宮殿はは、海からの敵の攻撃目標となりうる丘の上までも、しっかり見渡せることのできる宮殿です。

妻アルテミシア

紀元前353年に、夫のマウソロスがアルテミシアに先立って亡くなると、アルテミシアは夫に感謝の意を示すために、その当時の世界で最も美しい墓を造ることを決心しました。とされていますが、完成時期を考えると霊廟の建設は、マウソロスの生存中からこの墓の計画があったか、マウソロスの在命中に建設がすでに始められていたと考えられています。美しくそして大変豪華な霊廟を造ったからこそ、マウソロスとアルテミシアという両名の名前は今でも残ったといえるでしょう。

ところが霊廟の建設が開始してからすぐに、アルテミシアは自身に迫る危機に気づくことになります。マウソロスの死の知らせを聞いた地中海の征服地のロドス島が、反乱を起こしたからです。そしてロドス島では、首都ハリカルナッソスを攻略するために海軍を送ってきました。ロドス島が海軍を送ってきたことを知ったアルテミシアは、大きな港の奥にあった秘密の港に自分の船を隠します。そして、ロドス軍がカリア国に上陸を開始すると、アルテミシアの海軍は横から奇襲をかけます。そしてこの奇襲は大成功で、見事にロドス海軍を撃破することになりました。そしてその後、アルテミシアは機転を利かせて、自らの軍を敵船に乗せてロドス島攻略に向かわせます。ロドス人たちは、自分たちの海軍が勝利して帰ってきたと勘違いしたので、まさかカリア軍が載っているとは思わなかったため防御することもできずにロドス島の町は陥落して、この反乱は鎮圧されることになりました。

マウソロスの死から2年後に、アルテミシアもまるで夫の後を追うように亡くなりましたが、伝説によると、アルテミシアは夫マウソロスの遺灰をワインに混ぜて飲んで、深い悲しみのうちに息絶えたといわれています。この伝説があるように、アルテミシアは献身的な妻の象徴にもなっています。

マウソロスとアルテミシアの遺灰を入れた骨壷は、まだ完成していない未完成の状態の霊廟に収められることになりました。そして、生贄として大量の動物の死骸が霊廟に向かう階段に置かれて、霊廟には出入りできないように石やレンガで階段は埋められることになりました。古代ローマの博物学者の大プリニウスによると、霊廟をつくることを依頼した依頼主が霊廟が完成する前に亡くなったにもかかわらず、建築家たちが霊廟工事を中断しなかった理由には、この見事な豪華な霊廟が、自分個人の栄光と手腕の記念になると考えたからだということです。確かに実際に今でも世界七不思議のひとつに入るマウソロスの霊廟だけに、建築家と彫刻家が残した見事な作品です。